2007年11月29日
海へびカレー
平和通りに先ほど海へびカレーのお店ができた、と沖縄タイムスで報道されていたので早速でかけてみた。その名はなぜか「とらえもん」。マスターが寅年生まれだから、この名前にしたのだとか。
これがその「海へびカレー」だ。海へびは、生ものを仕入れてきて、数時間煮込んで作っているという。
肝心の味であるが、海へびの生ぐさいにおいはなく、トマトの風味の強い甘辛いカレーでした。海へびカレーという名の割にはいたってシンプルって感じで、少し物足りない感じはしました。どうせなら、もっと海へびを前面に出した方が、他のカレーと差別化できてよかったのではないか、と思ったりもします。
まあ、しかし、そこは海へびである。その後ベロタクシーに乗車したのだが、海へびの威力だったのか、この日は元気に乗車できた。おまけにお客さんも多かった。
さすがは海へびパワーである。元気なうえに招客とあれば、これは食べなきゃ損。今回のげんをかついで、ベロ乗車前には毎回食べることにしようかな。ニャハ
これがその「海へびカレー」だ。海へびは、生ものを仕入れてきて、数時間煮込んで作っているという。
肝心の味であるが、海へびの生ぐさいにおいはなく、トマトの風味の強い甘辛いカレーでした。海へびカレーという名の割にはいたってシンプルって感じで、少し物足りない感じはしました。どうせなら、もっと海へびを前面に出した方が、他のカレーと差別化できてよかったのではないか、と思ったりもします。
まあ、しかし、そこは海へびである。その後ベロタクシーに乗車したのだが、海へびの威力だったのか、この日は元気に乗車できた。おまけにお客さんも多かった。
さすがは海へびパワーである。元気なうえに招客とあれば、これは食べなきゃ損。今回のげんをかついで、ベロ乗車前には毎回食べることにしようかな。ニャハ
2007年11月27日
地域おこしの新しい波を見た
24日、沖縄市の中の町において「BAR 10 STREET+3祭り」が行われた。
BAR 10 STREETというのは、かつて通りにBARが10店あったことからついたという中の町の中の小さな通りである。
そのBAR 10 STREETの10店舗と近くの協賛店3店舗がタッグを組んで行ったのがこのお祭りで、何と1000円ぽっきりで各店舗13店舗で泡盛若しくはソフトドリンクが1杯飲めるという何ともうれしい企画だったのである。なお、チケットにはおまけの1杯がついているので実際には14杯飲めるということになる。
今回は、8月に行われた「BAR 10 STREET+2まつり」の続編である。(Turboは8月の時は別件で参加できなくて悔しい思いをしたのだが。。。)
祭りの模様は、コザ関係のブログなりで紹介されているでしょうからそちらをご覧いただきたいと思うが、普段は静かな通りがこの日ばかりは、ちょうちんが下がり、首から参加証をぶら下げた多くの人たちが通りを行ったり来たり。Turboもそうであったが、中にはグラスを片手に店を回っている方もおられた。店舗もそれぞれ個性的な店ばかりで、大いに盛り上がっていた。これまでにない新しいスタイルの飲み会である。
居酒屋ならまだしも、BARやスナックとつく店は、知らない限りはなかなか入りづらいというのが多くの人の印象だろうと思う。中の町という地域においては、とりわけそうではないかと思っている。(これは、Turboだけかも知れないのだが。。。)
「安心して飲める店」という情報発信をどう行えばいいかということで、おそらく多くの店舗が悩んでいるのではないかと思ったりする。ところが、こういったイベントを行えば「安心して飲める店」という印象を知らず知らずのうちに多くの者に植え付けることができるのではないだろうか。
おそらく今回の参加者の中から、常連さんになる者も多く出てくるであろう。まさか、先だっての参加者が全てが全て各店舗の常連さんであったはずはないでしょうからね。(笑)
Turboがコザにはまったのも今思えば「コザ・ナイトウォークラリー」と称するはしご飲み会に参加した時あたりからではないかと思っている。「安心して飲める店」という印象はもちろん、各店舗の個性もこのイベントで一気に把握できたのであるから、実にいいイベントだったと思う。
BAR 10 STREET祭りもそのイベントに学んだのではないかと思うが、いい試みだと思ったし、実際に参加してそれを確認できた。非常に楽しいひと時を過ごさせてもらった。主催者及び各店舗には、感謝、感謝である。
さて、その中の町であるが、この街が今大きく変わりつつあるように思う。Turboも実際の動きを把握しているわけではないのだが、見聞きしたところによると、5月に「中の町応援隊」が発足し、地域活動を開始。8月には機関紙としての月刊地域情報誌「中の町の中」を発刊。そしてこのイベントの開催と続いてきている。
中の町の中創刊号にある創刊の挨拶で、wai wai MOD’Sマスター・喜屋武正さんは次のように述べている。
全国各地で地域活性化が叫ばれて久しいのだが、これまでは活性化というととかく、市町村や県、国などに支援を求めることが多かったように思っている。そんな中で、最近は行政に頼らず自らの創意工夫で活性化を図る動きが沖縄でも出てきているように思う。
地域の方が自ら創意を発揮し、自分たちでできるところから活性化に取り組む。お互いに連携し、直接的な損得勘定を抜きにして、街を好きになることから始める。こういう動きは画期的なことではないかと思っている。中の町の動きに限らず、コザでは銀天街にもそういうような動きがあると思っている。そして、コザ漫遊国などもそうだとTurboは思っている。(Turboがコザアッチャーになった一因はそこら辺りにもあるのだが。。。)
問題は、ハコモノなどと違って成果が目に見えるようになるまでに相当な時間がかかることから、それまで待ちきれなくて活動が尻すぼみになりがちなことではないかと思うが、そこは行政の出番ではないだろうか。
地域のこういった小さな動きをきっちりと把握し、持続的な活動となるようしっかりと支援していくことが行政に求められているように思われてならない。
最近のコザの動きに、街おこしのニューウェーブを見た気がする。そして、コザブレイクの予感をますます確固たるものにしたのである。
あー、それにしても、コザに一気にお気に入りのお店が増えてしまって、懐具合と限られた時間でどの店に顔を出そうかと悩みが尽きそうにないTurboである。
BAR 10 STREETというのは、かつて通りにBARが10店あったことからついたという中の町の中の小さな通りである。
そのBAR 10 STREETの10店舗と近くの協賛店3店舗がタッグを組んで行ったのがこのお祭りで、何と1000円ぽっきりで各店舗13店舗で泡盛若しくはソフトドリンクが1杯飲めるという何ともうれしい企画だったのである。なお、チケットにはおまけの1杯がついているので実際には14杯飲めるということになる。
今回は、8月に行われた「BAR 10 STREET+2まつり」の続編である。(Turboは8月の時は別件で参加できなくて悔しい思いをしたのだが。。。)
祭りの模様は、コザ関係のブログなりで紹介されているでしょうからそちらをご覧いただきたいと思うが、普段は静かな通りがこの日ばかりは、ちょうちんが下がり、首から参加証をぶら下げた多くの人たちが通りを行ったり来たり。Turboもそうであったが、中にはグラスを片手に店を回っている方もおられた。店舗もそれぞれ個性的な店ばかりで、大いに盛り上がっていた。これまでにない新しいスタイルの飲み会である。
居酒屋ならまだしも、BARやスナックとつく店は、知らない限りはなかなか入りづらいというのが多くの人の印象だろうと思う。中の町という地域においては、とりわけそうではないかと思っている。(これは、Turboだけかも知れないのだが。。。)
「安心して飲める店」という情報発信をどう行えばいいかということで、おそらく多くの店舗が悩んでいるのではないかと思ったりする。ところが、こういったイベントを行えば「安心して飲める店」という印象を知らず知らずのうちに多くの者に植え付けることができるのではないだろうか。
おそらく今回の参加者の中から、常連さんになる者も多く出てくるであろう。まさか、先だっての参加者が全てが全て各店舗の常連さんであったはずはないでしょうからね。(笑)
Turboがコザにはまったのも今思えば「コザ・ナイトウォークラリー」と称するはしご飲み会に参加した時あたりからではないかと思っている。「安心して飲める店」という印象はもちろん、各店舗の個性もこのイベントで一気に把握できたのであるから、実にいいイベントだったと思う。
BAR 10 STREET祭りもそのイベントに学んだのではないかと思うが、いい試みだと思ったし、実際に参加してそれを確認できた。非常に楽しいひと時を過ごさせてもらった。主催者及び各店舗には、感謝、感謝である。
さて、その中の町であるが、この街が今大きく変わりつつあるように思う。Turboも実際の動きを把握しているわけではないのだが、見聞きしたところによると、5月に「中の町応援隊」が発足し、地域活動を開始。8月には機関紙としての月刊地域情報誌「中の町の中」を発刊。そしてこのイベントの開催と続いてきている。
中の町の中創刊号にある創刊の挨拶で、wai wai MOD’Sマスター・喜屋武正さんは次のように述べている。
「誰かが何かをしてくれるのを待っているのではなく、自分たちが今できる小さなことを積み重ねていけば、きっと人と人が結び合う素敵な町になるのではないかと。中の町で生きる僕たちが中の町を愛して大切にしていけば、その思いが周りに伝わり、他の人々も同じように中の町を愛してくれるようになるのではないかと。」
全国各地で地域活性化が叫ばれて久しいのだが、これまでは活性化というととかく、市町村や県、国などに支援を求めることが多かったように思っている。そんな中で、最近は行政に頼らず自らの創意工夫で活性化を図る動きが沖縄でも出てきているように思う。
地域の方が自ら創意を発揮し、自分たちでできるところから活性化に取り組む。お互いに連携し、直接的な損得勘定を抜きにして、街を好きになることから始める。こういう動きは画期的なことではないかと思っている。中の町の動きに限らず、コザでは銀天街にもそういうような動きがあると思っている。そして、コザ漫遊国などもそうだとTurboは思っている。(Turboがコザアッチャーになった一因はそこら辺りにもあるのだが。。。)
問題は、ハコモノなどと違って成果が目に見えるようになるまでに相当な時間がかかることから、それまで待ちきれなくて活動が尻すぼみになりがちなことではないかと思うが、そこは行政の出番ではないだろうか。
地域のこういった小さな動きをきっちりと把握し、持続的な活動となるようしっかりと支援していくことが行政に求められているように思われてならない。
最近のコザの動きに、街おこしのニューウェーブを見た気がする。そして、コザブレイクの予感をますます確固たるものにしたのである。
あー、それにしても、コザに一気にお気に入りのお店が増えてしまって、懐具合と限られた時間でどの店に顔を出そうかと悩みが尽きそうにないTurboである。
タグ :コザ
2007年11月25日
日が短くなったもんだなぁ。
写真は今日の午後6時前、トランジットマイルの交通規制が解除になる直前の国際通りである。夏の頃は、この時間でもティーダカンカンだったというのに、天気の影響も多少はあったのでしょうが、今ではすっかり夜となってしまいました。
ベロの営業時間は、日没までですので、この時間はすでに営業終了。
車がいない国際通りは何かさびしい感じもしますね。この直後に、車が一斉に乗り入れて、いつもの夜のにぎわいの国際通りとなったのでした。
それにしても、意外と皆さん、道路上を歩かないもんですね。歩行者天国だというのに、イベントを見る者はともかく、歩いている者は、ほとんどが歩道を歩いていますね。人間の習性というのは直ぐには変わらないということですかねぇ。
2007年11月24日
強者どもが夢の跡
壺屋の観光スポット、南ヌ窯の脇に立つガジュマル。戦世をも凌ぎ、壺屋のたたずまいを今に伝えている。壺屋の歴史を感じさせる立派なガジュマルだ。
そのガジュマルの気根には、かつて登り窯で数日間かけてやちむんを焼いた陶工たちが、仕事の手を休めたときに、気根を編み込んだものであろう、三つ編に編まれた痕跡が残っている。気に入らない作品はたたき割ったのだろうか、ガジュマルの根には多くの焼き物の破片もうず高く積まれている。

那覇の復興の一翼を担った陶工たちの夢の跡といったところである。
その気根も今では立派な根となってガジュマルを支えているのだが、しばしたたずんでいると、時の移ろいとともに、かつての強者たちの那覇の復興にかける情熱とやちむんに対する思いがふっと頭をよぎっていくのである。
壺屋観光の隠れた文化財である。
近くの琉歌には、このガジュマルが次のように詠まれている。

そのガジュマルの気根には、かつて登り窯で数日間かけてやちむんを焼いた陶工たちが、仕事の手を休めたときに、気根を編み込んだものであろう、三つ編に編まれた痕跡が残っている。気に入らない作品はたたき割ったのだろうか、ガジュマルの根には多くの焼き物の破片もうず高く積まれている。
那覇の復興の一翼を担った陶工たちの夢の跡といったところである。
その気根も今では立派な根となってガジュマルを支えているのだが、しばしたたずんでいると、時の移ろいとともに、かつての強者たちの那覇の復興にかける情熱とやちむんに対する思いがふっと頭をよぎっていくのである。
壺屋観光の隠れた文化財である。
近くの琉歌には、このガジュマルが次のように詠まれている。
2007年11月20日
18日のトランジットマイル
土曜日に引き続いて、今にも降り出しそうな天気でしたが、昼過ぎまで曇っていたので、トランジットマイルは当初予定通り決行。
てんぶす那覇では、イベントのバッティングがあったみたいで、万余の人出でした。多分、トランジットマイル始まって以来の人出だったのではないでしょうか。


人出の原因は、私立保育園連盟のお祭りで園児が、エイサーなどの出し物を行っていたからのようです。我が子がてんぶす広場でイベントに出場するとなれば、父親、母親はもちろんのこと、おじいちゃん、おばあちゃんまで繰り出すというのは人情というものか。園児一人につき数名の応援団がついたとすれば、万余の人出も納得。中心商店街に人を集めるには、やっぱり小学生低学年以下の子どもたちに商店街で何かやってもらうのが一番ということですね。幼稚園のお遊戯会を商店街の広場で行うとか、商店街で絵の展示会をするとか。
それにしても残念なのは、こうやって地元のお客さんが国際通りに繰り出しているのに、商店街の皆さんの商売が平日と変わらず観光客相手であることだ。トランジットマイルが始まってそろそろ9ヶ月。地元の方にも周知されてきて、地元のお客さんが多く繰り出しているのだから、日曜日だけは地元客もターゲットにするお店が出てきてもよさそうな気もするのだが。。。 ま、いろいろ難しいんでしょうねきっと。
さてさて、ベロタクシーなんですが、滑り出し好調で今日は忙しい一日となりそうだな、と思っていたら、お天道様もさすがに今日までは持ちこたえ切れなかったみたいです。3時ごろから降りだした雨であえなく営業中止。やや消化不良気味のTurboは壺屋やちむん通りをぶらぶら。日ごろなかなか入ることのない通りのお店で壺屋焼きの目利きのお勉強をしたのでした。
てんぶす那覇では、イベントのバッティングがあったみたいで、万余の人出でした。多分、トランジットマイル始まって以来の人出だったのではないでしょうか。
人出の原因は、私立保育園連盟のお祭りで園児が、エイサーなどの出し物を行っていたからのようです。我が子がてんぶす広場でイベントに出場するとなれば、父親、母親はもちろんのこと、おじいちゃん、おばあちゃんまで繰り出すというのは人情というものか。園児一人につき数名の応援団がついたとすれば、万余の人出も納得。中心商店街に人を集めるには、やっぱり小学生低学年以下の子どもたちに商店街で何かやってもらうのが一番ということですね。幼稚園のお遊戯会を商店街の広場で行うとか、商店街で絵の展示会をするとか。
それにしても残念なのは、こうやって地元のお客さんが国際通りに繰り出しているのに、商店街の皆さんの商売が平日と変わらず観光客相手であることだ。トランジットマイルが始まってそろそろ9ヶ月。地元の方にも周知されてきて、地元のお客さんが多く繰り出しているのだから、日曜日だけは地元客もターゲットにするお店が出てきてもよさそうな気もするのだが。。。 ま、いろいろ難しいんでしょうねきっと。
さてさて、ベロタクシーなんですが、滑り出し好調で今日は忙しい一日となりそうだな、と思っていたら、お天道様もさすがに今日までは持ちこたえ切れなかったみたいです。3時ごろから降りだした雨であえなく営業中止。やや消化不良気味のTurboは壺屋やちむん通りをぶらぶら。日ごろなかなか入ることのない通りのお店で壺屋焼きの目利きのお勉強をしたのでした。
2007年11月18日
パレットでイルミネーション始まりました
昨日は、すっきりしないお天気でしたね。
ベロは雨に弱いので、いつ降るかと気をもんでいましたが、お天気は何とかもちました。
昨日のお客さんは、パレットから久米、波之上方面への2組。1組は東京からいらっしゃった観光客の親子でした。このほか、観光客数組からお声をかけてもらいましたが、最近観光客にも那覇のベロタクシーが認知されてきたような感じがします。
将来的に、
「那覇市内観光はベロタクシーで」
ってなってくれたらうれしいのですが。。。 ドライバーとしてもそうなるように努力していきたいですねぇ。
夕方になると、パレットのクリスマスイルミネーションが点灯。


今年ももうそんなシーズンになったんだなぁ、ってしんみりと思いました。
ベロは雨に弱いので、いつ降るかと気をもんでいましたが、お天気は何とかもちました。

昨日のお客さんは、パレットから久米、波之上方面への2組。1組は東京からいらっしゃった観光客の親子でした。このほか、観光客数組からお声をかけてもらいましたが、最近観光客にも那覇のベロタクシーが認知されてきたような感じがします。
将来的に、
「那覇市内観光はベロタクシーで」
ってなってくれたらうれしいのですが。。。 ドライバーとしてもそうなるように努力していきたいですねぇ。
夕方になると、パレットのクリスマスイルミネーションが点灯。
今年ももうそんなシーズンになったんだなぁ、ってしんみりと思いました。
2007年11月15日
創意工夫が必要
地域ブランド作りや中小企業の支援などで全国を飛び回っている神奈川県のとある方が沖縄にお越しになったので、たまには違った感じの沖縄を体験してもらおうかと思って、コザの夜を体験していただいた。
中央パークアベニューからゲート通りまでの街の散策とコザ食堂を皮切りにライブハウスなど6店舗ほどの飲食店を回って、お泊まりはデイゴホテルというコースでした。
彼は、やんばるのブランド作りの講師として今年に入って十数回沖縄にお見えになっている。各地のグスクをはじめ、一通り沖縄本島の観光事情にも通じている。地域ブランド作りを得意とすることから、やんばるをはじめ沖縄の資源の豊富さも感じているようである。全国各地を飛び回っている彼に言わせれば、沖縄は全国のどの地方よりも資源が豊富であるという。コザの夜を体験してますますその思いを強くしたようである。「資源」があって、「人」がいて、何でそんなに沈んでいるのか?理解できない。というのが彼の感想であった。
その彼から、お礼の手紙が届いた。彼にとってもコザの魅力は新たな発見だったようであるが、その手紙には、
とある。
歯がゆさの原因が、
豊富な地域資源を活かし切れていない
ということから来るのか、はたまた、
(お金を払って)彼のようなマネジャーをお招きしてるのにうまく活用しきれていないではないか
ということから来ているのかは定かではない。
やんばるに限らず、コザに限らず、なんでしょうが、豊富な資源を活かすにしても、お招きした講師を経費以上にこき使う?にしても、どっちにせよ我々住民の創意の発揮とネットワークの構築が必要不可欠だ。
沖縄に住んでいる我々が資源に気付き、その資源をどう活かしていくか。創意工夫を発揮すること。そして、様々な人、機関などが連携すること、つまりネットワークの構築ということ。これらが街の活性化のためにも、沖縄の自立のためにも必要なことではないだろうか。
今、我々の知恵が試されているということかもしれません。うかうかしてると、本土企業や外資系企業に宝を奪われかねませんね。
中央パークアベニューからゲート通りまでの街の散策とコザ食堂を皮切りにライブハウスなど6店舗ほどの飲食店を回って、お泊まりはデイゴホテルというコースでした。
彼は、やんばるのブランド作りの講師として今年に入って十数回沖縄にお見えになっている。各地のグスクをはじめ、一通り沖縄本島の観光事情にも通じている。地域ブランド作りを得意とすることから、やんばるをはじめ沖縄の資源の豊富さも感じているようである。全国各地を飛び回っている彼に言わせれば、沖縄は全国のどの地方よりも資源が豊富であるという。コザの夜を体験してますますその思いを強くしたようである。「資源」があって、「人」がいて、何でそんなに沈んでいるのか?理解できない。というのが彼の感想であった。
その彼から、お礼の手紙が届いた。彼にとってもコザの魅力は新たな発見だったようであるが、その手紙には、
今まで以上に、沖縄の資源、魅力を知る機会をいただきありがたかったのですが、逆に歯がゆさが増しました。
とある。
歯がゆさの原因が、
豊富な地域資源を活かし切れていない
ということから来るのか、はたまた、
(お金を払って)彼のようなマネジャーをお招きしてるのにうまく活用しきれていないではないか
ということから来ているのかは定かではない。
やんばるに限らず、コザに限らず、なんでしょうが、豊富な資源を活かすにしても、お招きした講師を経費以上にこき使う?にしても、どっちにせよ我々住民の創意の発揮とネットワークの構築が必要不可欠だ。
沖縄に住んでいる我々が資源に気付き、その資源をどう活かしていくか。創意工夫を発揮すること。そして、様々な人、機関などが連携すること、つまりネットワークの構築ということ。これらが街の活性化のためにも、沖縄の自立のためにも必要なことではないだろうか。
今、我々の知恵が試されているということかもしれません。うかうかしてると、本土企業や外資系企業に宝を奪われかねませんね。
2007年11月11日
国際通り
久々にトランジットマイルでのベロ乗車でした。乗車車両も久々のカエル号でした。

さわやかな秋風が吹いて、(って暦の上ではもう冬でしたね。)心地いい一日でしたが、国際通りにも久々に多くの人が出ていました。
人出は多いのですが、天気がさわやかに過ぎて、こういう日は意外とベロに乗る者は少ないのです。
歩いていても汗もかかないし、あまり疲れないですからね。
これから、寒くなってくるとますますお客さんが減っていくのがつらいところです。
さわやかな秋風が吹いて、(って暦の上ではもう冬でしたね。)心地いい一日でしたが、国際通りにも久々に多くの人が出ていました。
人出は多いのですが、天気がさわやかに過ぎて、こういう日は意外とベロに乗る者は少ないのです。
歩いていても汗もかかないし、あまり疲れないですからね。これから、寒くなってくるとますますお客さんが減っていくのがつらいところです。
タグ :ベロタクシー
2007年11月07日
琉歌
のんびり壺屋を走っていて目にとまった木札。

壺屋やちむん通りには、琉歌の書かれた木札が数枚道路脇にかけられています。

歌自体も素晴らしいと思います。それに壺屋の古い町並みと石畳の雰囲気にぴったんこにマッチしていました。
壺屋を訪れる者のうちどれだけの方が気づいているのか定かではありませんが、こういった取り組みが、通りの、そして観光地としての魅力の創出に大きな力となっていくのではないかと、Turboは思っている。
観光地としての魅力の創出はともすれば、駐車場やトイレ、休憩所などといった利便施設の整備に目が向きがちです。もちろんそれはそれで大切なことではありますが、地域に住んでいる皆さんのこのような創意の方がはるかに魅力的な演出に貢献するのではないだろうか。
壺屋やちむん通りには、琉歌の書かれた木札が数枚道路脇にかけられています。
歌自体も素晴らしいと思います。それに壺屋の古い町並みと石畳の雰囲気にぴったんこにマッチしていました。
壺屋を訪れる者のうちどれだけの方が気づいているのか定かではありませんが、こういった取り組みが、通りの、そして観光地としての魅力の創出に大きな力となっていくのではないかと、Turboは思っている。
観光地としての魅力の創出はともすれば、駐車場やトイレ、休憩所などといった利便施設の整備に目が向きがちです。もちろんそれはそれで大切なことではありますが、地域に住んでいる皆さんのこのような創意の方がはるかに魅力的な演出に貢献するのではないだろうか。
2007年11月06日
冬瓜
やちむん通りから神里原の通りに抜ける駐車場脇で見つけました。何という木の実かなと思って近づいてみたら、何のことはない冬瓜でした。空中栽培の冬瓜。写真の実のほかに数個実をつけていました。木の脇のわずかな土地から生えていましたが、ど根性冬瓜というわけではありません。

冬瓜は、夏にできる瓜だそうですね。冬瓜というから冬にできるものとばかり思っていました。
寒くなってくると冬瓜の煮付けがおいしい季節ですね。
冬瓜は、夏にできる瓜だそうですね。冬瓜というから冬にできるものとばかり思っていました。
寒くなってくると冬瓜の煮付けがおいしい季節ですね。
2007年11月05日
窯焼きピザ
2日から4日まで行われた壺屋やちむん通り祭り。ベロをこぐ足を止めてしばし壺屋を散策。
出し物は、エイサー1団体と兼箇段の獅子舞程度で、あとは陶芸体験や各お店による壺屋焼きの割引販売など。派手な出し物や演出で人を呼び込もうというイベントではなかったものの、それがまた古い町並みの残る壺屋の風情とマッチしていた。地元の方々の手作りのイベントという感じでしたが、こういう地域の特性をうまく生かしたイベントっていうのは本当に楽しいものです。
結構人出もあり、陶芸体験をしたり、のんびり散策しながら、皆さん壺屋を楽しんでいた様子。
そのやちむん通り祭りで発見したのがこれ。

普段は壺屋焼きを焼いている窯で、ピザを焼いちゃうというので、早速出かけて試食。
おいしかったです。全く普通のピザでした。
でも、焼き物を焼く窯で作ったピザというところは面白いと思いました。祭り期間中でもこの日だけしか焼いていないということでしたので食べられたのはLuckyでしたね。
ついでにめったに見ることのできない窯の中まで見させてもらいました。もちろん窯は登り窯ではありませんが。。。

地域の方々がこうしたイベント(別にイベントに限ったものでもありませんが)を通して、それぞれの創意を発揮し、自らの意思で街の活性化を考えていくというのがとても大切なことだと思いました。
出し物は、エイサー1団体と兼箇段の獅子舞程度で、あとは陶芸体験や各お店による壺屋焼きの割引販売など。派手な出し物や演出で人を呼び込もうというイベントではなかったものの、それがまた古い町並みの残る壺屋の風情とマッチしていた。地元の方々の手作りのイベントという感じでしたが、こういう地域の特性をうまく生かしたイベントっていうのは本当に楽しいものです。
そのやちむん通り祭りで発見したのがこれ。
普段は壺屋焼きを焼いている窯で、ピザを焼いちゃうというので、早速出かけて試食。
でも、焼き物を焼く窯で作ったピザというところは面白いと思いました。祭り期間中でもこの日だけしか焼いていないということでしたので食べられたのはLuckyでしたね。
ついでにめったに見ることのできない窯の中まで見させてもらいました。もちろん窯は登り窯ではありませんが。。。
地域の方々がこうしたイベント(別にイベントに限ったものでもありませんが)を通して、それぞれの創意を発揮し、自らの意思で街の活性化を考えていくというのがとても大切なことだと思いました。
2007年11月02日
泡盛の日に想う
昨日は、泡盛の日ということで、酒造組合連合会さんが主催するきき酒会及び泡盛感謝の宴に参加してきた。
きき酒会は、結構な自身を持って臨んだのだが、残念ながら、全問正答とはいかなかった。思った以上に難しいというのが実感だ。
きき酒会は、新古あて、度数あて、種類あての3部門からなる。新古あては、「新酒」「3年古酒」「10年古酒」の違いを、度数あては「10度」「20度」「30度」「40度」の違いを、種類あては「泡盛」「麦焼酎」「芋焼酎」「米焼酎」の違いをあてるというものである。
泡盛好きのTurboとしては、結構自身をもってのぞんだのだが、そう簡単ではなかった。とりわけ、3年古酒と10年古酒の違い、10度と20度の泡盛の違い、米焼酎と麦焼酎の違いなどは相当頭を悩ました。結果的にはそこそこの成績であったが、納得のいくものではなかった。
さて、その泡盛であるが、泡盛は、とかく九州の米・麦・芋などの焼酎と比較されることが多い。ことが多いというか、それが全てに近い。結果、どういうことになるかというと、皆でわいわいがやがやと飲む大衆酒ということになってしまうのである。
近年の焼酎ブームに乗って、泡盛も県外出荷を伸ばしてきたものの、ここ2年ぐらいの県外出荷は前年比マイナスだと報道されている。一時の焼酎ブームが去りつつあるということもあるだろうし、人口減少社会の中でマーケットの縮小という要因もあるのかもしれない。
しかしながら、Turboが思うには、泡盛のマーケットシェアの縮小は広告宣伝戦略にも原因があるのではないかと思っている。事実、焼酎ブームがさりつつあるといわれる中で、芋焼酎メーカーは売上げを伸ばしているというではないか。それはひとえに広告宣伝の成果ではないかとTurboは思っている。
県内の泡盛メーカーの中にも、広告宣伝で業容を拡大した業者があることを思えば、広告宣伝の重要性は業界の皆さんが認識しているのではないかと思われる。
県内の泡盛メーカーにも、消費者への訴求力を追求していただきたいと願うのである。要するに、九州の焼酎とは違う「泡盛」というブランド戦略を展開してもらいたいと思うのである。とりわけ古酒については、ブランデーやスコッチ、バーボンウイスキーなどに対抗できる酒として、売り出す必要があると思うし、その価値も十分に有していると思うのである。そのための広告宣伝、一般酒とは違う「古酒」のブランド化戦略が必要不可欠ではないかと思っている。
東京大学名誉教授・故坂口謹一郎氏が1970年3月号の雑誌「世界」に寄稿した「君知るや名酒泡盛」の最後の一節には、次のように記されている。
泡盛業界は、5年後の復帰特別措置の優遇措置期限切れを見据え、「古酒の郷」構想を推進している。それ自体は素晴らしい構想であるし、泡盛の将来展望を開く可能性があると思っている。しかし、同時に古酒の広告宣伝、とりわけ、ブランド戦略が何よりも必要ではないかと、いいあんべーに酔った頭で考えているのである。
坂口教授がおっしゃるように、スコッチに対抗できる世界の銘酒として、品質面はもちろんのこと、マーケット戦略においても研鑽を積まれることを期待するものである。
それにしても、しみじみと思う。
泡盛はいい酒だ。
きき酒会は、結構な自身を持って臨んだのだが、残念ながら、全問正答とはいかなかった。思った以上に難しいというのが実感だ。
きき酒会は、新古あて、度数あて、種類あての3部門からなる。新古あては、「新酒」「3年古酒」「10年古酒」の違いを、度数あては「10度」「20度」「30度」「40度」の違いを、種類あては「泡盛」「麦焼酎」「芋焼酎」「米焼酎」の違いをあてるというものである。
泡盛好きのTurboとしては、結構自身をもってのぞんだのだが、そう簡単ではなかった。とりわけ、3年古酒と10年古酒の違い、10度と20度の泡盛の違い、米焼酎と麦焼酎の違いなどは相当頭を悩ました。結果的にはそこそこの成績であったが、納得のいくものではなかった。
さて、その泡盛であるが、泡盛は、とかく九州の米・麦・芋などの焼酎と比較されることが多い。ことが多いというか、それが全てに近い。結果、どういうことになるかというと、皆でわいわいがやがやと飲む大衆酒ということになってしまうのである。
近年の焼酎ブームに乗って、泡盛も県外出荷を伸ばしてきたものの、ここ2年ぐらいの県外出荷は前年比マイナスだと報道されている。一時の焼酎ブームが去りつつあるということもあるだろうし、人口減少社会の中でマーケットの縮小という要因もあるのかもしれない。
しかしながら、Turboが思うには、泡盛のマーケットシェアの縮小は広告宣伝戦略にも原因があるのではないかと思っている。事実、焼酎ブームがさりつつあるといわれる中で、芋焼酎メーカーは売上げを伸ばしているというではないか。それはひとえに広告宣伝の成果ではないかとTurboは思っている。
県内の泡盛メーカーの中にも、広告宣伝で業容を拡大した業者があることを思えば、広告宣伝の重要性は業界の皆さんが認識しているのではないかと思われる。
県内の泡盛メーカーにも、消費者への訴求力を追求していただきたいと願うのである。要するに、九州の焼酎とは違う「泡盛」というブランド戦略を展開してもらいたいと思うのである。とりわけ古酒については、ブランデーやスコッチ、バーボンウイスキーなどに対抗できる酒として、売り出す必要があると思うし、その価値も十分に有していると思うのである。そのための広告宣伝、一般酒とは違う「古酒」のブランド化戦略が必要不可欠ではないかと思っている。
東京大学名誉教授・故坂口謹一郎氏が1970年3月号の雑誌「世界」に寄稿した「君知るや名酒泡盛」の最後の一節には、次のように記されている。
スコットランドの名酒スコッチウイスキーも、今から百余年前には名もない山間の地酒にすぎなかったが、現今のように世界を風びするようになったのは、ひとえに貯蔵とブレンドの技術に心血をそそいだ賜物といわれる。資源にめぐまれないこと、その昔のスコットランドにも比すべき沖縄は、その古酒技術の古来の伝統を極度に発揮して、今やスコッチの向うを張るべく懸命な中国の茅台酒にも負けないような勉強を積まれるよう心からお祈りしたいのである。
泡盛業界は、5年後の復帰特別措置の優遇措置期限切れを見据え、「古酒の郷」構想を推進している。それ自体は素晴らしい構想であるし、泡盛の将来展望を開く可能性があると思っている。しかし、同時に古酒の広告宣伝、とりわけ、ブランド戦略が何よりも必要ではないかと、いいあんべーに酔った頭で考えているのである。
坂口教授がおっしゃるように、スコッチに対抗できる世界の銘酒として、品質面はもちろんのこと、マーケット戦略においても研鑽を積まれることを期待するものである。
それにしても、しみじみと思う。
泡盛はいい酒だ。


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